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呉・倉橋島の戦争遺構を訪ねる

あけましておめでとうございます。

 新年の事始め?に呉~倉橋島へ行って来ました。今年はNHK大河ドラマが”平清盛”。そこで清盛の日招き伝説のある音戸ノ瀬戸は外せないはず。 と、言うわけではなく、呉から倉橋島に点在する戦跡(戦争遺構)を訪ねてみました。倉橋島には時々釣りに来るのですが、その時いつも気になっていた今も残る戦争遺構を、今回は見て歩こうと言うのがテーマです。

アレイからすこじま基地

 呉駅から車で警固屋・音戸方面へ走ります。旧海軍の戦艦大和を建造したドックや巨大なクレーンが林立する造船所を過ぎ海岸線に出たところに、アレイからすこじまの潜水艦基地があります。この基地のすぐ山手に防空監視所や港湾監視所の跡があります。海軍工廠の地下工場が在った所で、山の斜面から2本の換気塔が突き出ているのを見ることが出来ます。

防空監視所
これは防空監視所

監視窓

通気孔
地下工場からの換気塔らしい

 アレイからすこじまは現在公園になっており、ここから海上自衛隊の艦船や潜水艦部隊を眺められます。その公園の前の煉瓦造りの建物は旧水雷倉庫で、そこから正面の旧潜水艦桟橋には運搬用のトロッコのレール跡が残っています。その左手には魚雷積み込み用のクレーンが保存されていて、当時の様子をうかがい知ることが出来ます。このクレーンは内部も見学でました。クレーン操作室の壁は板で出来ていました。

アレイからすこじま潜水艦基地

あれいからすこじまの説明板

アレイからすこじまの砲身
日露戦争時代の砲身のモニュメント・後ろの煉瓦造りが旧水雷倉庫

水雷運搬用トロッコのレール
旧潜水艦桟橋に残る、水雷倉庫から運び込むためのトロッコのレール

アレイからすこじまのクレーン2
魚雷積み込み用クレーン

アレイからすこじまのクレーン

クレーン内部
クレーン内部

 アレイからすこじまから次は高烏砲台です。ここは現在音戸の瀬戸公園となっており、春は桜の名所としても有名です。ここからは広湾や倉橋島、音戸ノ瀬戸、呉湾が一望でき、眼下では今建設中の新音戸橋の架橋工事が進んでいます。

高烏からの眺め
広湾沖・倉橋島方面を望む

工事中の新音戸橋
眼下に新音戸橋の架橋工事が進む

 この砲台は、軍事拠点の呉港の防衛のために明治時代に作られた物で、昨年放映されたNHKのドラマ「坂の上の雲」で、二〇三高地の攻撃に登場した当時最大の威力を誇った28センチ榴弾砲6門を装備する砲台でした。
今は公園に整備され地下弾薬庫上の要塞の上に、平清盛が扇をあおいで沈む夕日を呼び戻したと言う伝説の日招き像が建てられています。
高烏砲台説明板

平清盛日招き像
平清盛日招像

高烏要塞の清盛像
要塞の地下弾薬庫

砲座脇の地下弾薬庫
砲座脇の地下弾薬庫(応急弾薬庫と記してある)

 驚くほど分厚いコンクリートを施した弾薬庫や石造りの兵舎などが在り、往時をしのぶことができます。
高烏砲台兵舎1
明治時代の石造りの兵舎跡

高烏砲台兵舎

 倉橋島へ渡り桂が浜を経て室尾を左折、峠を越えて海に出たところを右折。暫く行くと特殊潜航艇基地、大浦突撃隊大迫支隊跡碑がありました。ここは昭和19年に作られた水陸両用内火艇訓練基地でQ基地と言い、その後昭和20年大浦崎の特殊潜航艇訓練のP基地が手狭になったため大浦突撃隊大迫支隊となったのだそうです。今は湾に突き出たコンクリートブロックの桟橋の跡しか残っていません。

Q基地石碑
大浦突撃隊大迫支隊跡碑

Q基地桟橋跡2
水陸両用内火艇桟橋跡

Q基地桟橋跡1

 その先の大迫港を左折して軽自動車でも怖い極細のくねくね道を行き、ようやくターン出来そうなところで下車。そこから北側の下り坂を歩いて下りました。海岸づたいにしばらく行くとコンクリート製のトンネルがありました。トンネルの中程には脛あたりまで水が溜まっていて不気味です。まるで過去へのタイムトンネルのような雰囲気、これが亀ヶ首射撃実験場の入り口です。

トロッコ用トンネル1

亀の首試射場トロッコトンネル

 ここを抜けると大きな2本の突堤目に入ってきました。両方の突堤にレールが敷かれて、ここから大型の砲身や相当な重量物をクレーンで陸揚げしていたようです。今は草藪に覆われていますが、ここの平地から山に向かって射撃実験をしていたそうで山の中部がえぐられています。

亀が首試射場2
ここから砲身など陸揚げしたらしい

亀が首試射場1

ここは戦艦大和の主砲の開発実験も行われたところだそうです。周りには木々に覆われた中に分厚いコンクリートで囲われた地下弾丸破裂試験槽、観測所や弾薬庫跡がありした。因みにこの場所はグーグルの衛星写真でもその形が確認できます。

亀が首にて
この辺りが発射実験場

地下弾丸破裂槽跡
地下弾丸破裂槽跡と思われる分厚いコンクリートで囲われた遺構

 最後は音戸まで戻って坪井漁港に寄ってみました。ここには、戦争末期に苦肉の策として考案され、建造されたコンクリート製の油槽船が、今は防波堤として、完全ではありませんがその姿を残しているのです。しかもこの船は、安浦港にあるコンクリート船とは違い自力航行ができない曳航式です。しかし、なんとマニラやシンガポールなどに実際に使われたそうで、当時の日本の置かれた立場が痛いほど分かる戦争遺跡です。

コンクリートの曳航船


 先人たちの血の滲んだ努力に敬意をはらいつつも、二度と戦争をしてはいけないと深く考える一日でした。
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